ものすごくむしゃくしゃしているそんな時は、誰かと思いっきり話がしたい。



気がまぎれることを探そう。



ここからが今日の日記です。



高崎駅から16時11分発の吾妻線下り列車に乗り込んで

ノートブックを開いた。

会社の提示してきた回答は、想像以上に冷たい内容だった。

簡単に言えば
自主退職を促すための取り繕った休職命令だった。

担当の人事のトップの対応は、丁寧で低調だった。
内容は残酷極まりなかった。

駅までの徒歩の間
妻に電話で結果報告したが、
「転職活動」に力を入れられる。
というフォローを入れてもらった。

電車に揺られるたびに
現実を実感してゆく自分が落ちてゆくようだった。

私の中では
2つの考え方が交差していた。
• このまま落ちぶれていってしまうのか?
• 気分一新、新しい場所で活躍してやる。

そうは言っても自分で考えているよりも
今の会社を見返せて安心できる就職先など簡単には見つからない。

たとえ見つかっても採用されなければ始まらない。

それには学歴と年齢が重くのしかかる。
自営業を始めるほど勝算は確立されていない。

電車の揺れが心地よくない。
春なのにどんよりしている。

今の会社に入社して11年が経ちその間に親しくなった職場の仲間は何人かいる。

そんな人たちとも会う道理もないし、会いたくもなくなる。

今日の労使会談に出席された人間も
所詮、会社員なので結局は自分のことしか考えていなかった。

会社には「正義感」というものは必要ないのだ。
その考え方を悉く思い知らされた。

「綺麗ごと」では「会社」は成り立たないのだ。
必要なのは、自己管理と安定した平常心と状況判断と永続的な一方通行的な忠誠なのだ。

「正義感」「改革」「気遣い」などは、無用なのだ。
会社に所属する会社員には喜ばれるが、
会社が求めているものは、会社の存続である。
存続するためには「収益」が上がらなければ無理である。

そのためには、「収益」を上げるための人ではなくて
考え方や方法、システムなど・・・・
「義」など皆無に近いくらい存在しないのだ。

要するに
「黙って売り上げを上げろ!収益を出せ!」
が、本音なのである。

わかっていそうで忘れてしまう。

はたして私の今後はどうなるのか?