世間一般で言う中流家庭では、暗黙の常識というものがある。


子供を中心に、いつの間にかその常識に囚われている親が多い。
それは、液晶テレビ・ゲーム機・携帯電話・パソコン・洋服・インテリアetc・・・・・

秋葉原の家電量販店 / Electronics retail stores in Akihabara

商品開発技術は、これでもかと機能拡張して消費者の購買意欲を掻き立てる。

リボ払い」「カード払い」「ネット決済」「送料無料」「ポイントGET」など。




欲望の隙を狙って間髪いれずに購入させるツールがたくさんある。
ここまで揃えたからいい。」と思っても、
すぐそれ以上の機能を持つ製品が発表される。




企業戦略もありとあらゆる媒体にて宣伝する。
人の欲望は、底が無い。

時間」か「」があれば、欲望に左右される。

はたしてその勢いで身の回りの贅沢品を揃えたところでどうなのか?

新製品は魅力的である。便利な機能やスタイリッシュなデザイン。

だが便利になれば便利になるほど「創造力」というものが無くなってゆく。
創造力」は、

無いからつくる
んなものがあったらいい
どのようにすればできるのか

悩み、考えて、調べて、様々な行動を実行して育つものである。


火事場のくそ力」という言葉がある。
災難や突発事故などの後、
何も無いところから何かを創り上げてゆく能力は、すさまじいものがある。

戦後の復興の速さ然り。
大災害後の復興の速さ然り。

追い詰められて、生み出さなくては生きてゆけないという状況下では、
やらなければならない「背水の陣」的なパワーが出てくると思う。

子供に「何か買ってあげないとかわいそうだ」ではなく、
簡単に与えるのではなく、無いならば創る
という発想を持たせることも重要なのだ。



買うのは簡単。手間いらず。創造ことは、試行錯誤の末、体力気力も消耗する。

どちらを選ぶでしょうか?

別な観点で見れば、あるものを犠牲にして、時間を創作に費やすというのも有り。

これもバランスがとれていて方法として否定はできない。

利便性創造性は、相反してしまう。

便利になれば、考えることや疲れることを回避しようとする。

どちらを選びますか?




もう一度言います。

創造する力は、ないところから生まれると思う。

ないから考える

欲しいから考える

様々なものを試してみる

失敗しても失敗しても
懲りずに創りなおす。

失敗に回数制限はないが、
一人の人間には寿命という時間制限がある。

もしも自分の生きている間にできなくても
未来で誰かが挑戦してくれるかもしれない。

たとえ明日、完成したとしても
それは「完成した」という「幻覚」かもしれない。

明後日には、
より良いものが創りだされるかもしれない。


ならば
創造している時間を楽しんだほうがいい。
人生というプロセスを楽しめる人間でいてほしい。